その反社チェック、基本からズレてませんか?反社チェックの重要トピック

 

【1】反社チェックの危険な「全体主義」思考 「自動化」はNGワード

 反社チェックに用いられるリスト(データベース)は、あくまで総合判断の一材料であるべきであり、これによって「自動的」に判断を下そうとする思考や行為は危険である。

 

反社チェックやAML(アンチ・マネー・ロンダリング)に使用される某データベースに関し、海外で大々的な訴訟事件や抗議活動が起きている。

 

某NGOや宗教団体の関係者が、根拠なくテロ組織にリンクしているとしてデータベースに掲載され、銀行取引を拒絶されたと抗議している。

 

もちろん、その銀行が他の調査などを「主体的」に実施し、銀行の「総合判断」として、当該人物や組織と取引することは適切ではないと「主体的」に判断したなら問題はない。

 

そうではなく、外部の民間データベース会社が作成するリストを「盲信」し、そのリストに載っているからといって「何も考えず」「自動的に」取引判断を下すようであれば、それは企業としての主体性を著しく欠いており問題である。

 

個々の企業の主体性を超越して「反社リスト」が存在するというのは非常に恐ろしいことである。

 

「反社チェックや信用調査は手間がかかる。いちいち各企業でやらずに、社会的に統一化されたリストやスコアを作ればいいのに。そうすればそのリストに照合するだけで手間を自動化できる」

 

などと、平然とぼやく実務家?もいる。

 

これは非常に恐ろしい発想だ。

筆者はこのような思考は危険な全体主義につながるものと考える。

 

取引の可否判断を自らの意思と責任で行わない企業は、もはや自由主義国における経済活動体とはいえない。

 

相手との取引における信用リスク、法的リスク、レピュテーションリスクなどを、自ら「主体的」に評価して行動し、その責任を負うのが我々自由主義経済の原理だ。

 

こうした自由主義の原理に反し、外部主体が作成するリストやスコアに完全に依拠して判断を行おうとする発想。しかも社会的に統一されたものまで望んでいる。

 

こうした危険な発想の行きつく先は「社会信用スコア」の世界である。「国家」が社会全体の秩序維持を名目に個人や企業を評価する。なるほど確かに取引相手を見極める手間が省けて効率的だ。企業(ユーザー)は与えられた評価に依存して(洗脳されて)取引を行えばいい。楽だ。楽だからユーザーもこのシステムを受容する。

 

だが、何故国家がそうした評価制度を作るのか?よく考えるべきだ。

こうした仕組みは自由主義の原理に明らかに反している。

 

 

なお、別コラムで述べているように、そもそも反社会的勢力の「定義」なるものは存在しない。定義がない以上、完全なリスト(データベース)も作ることはできない。(参考コラム→反社会的勢力の定義は存在しない)。

 

 

審査実務においては、商用データベースに載るような者が前面に出てくる案件はそう多くない。犯罪履歴などの無い役員を就任させている「フロント会社」が登場してくるのだから、リストチェックだけで取引OKの判断をすると大失態につながるリスクがある。

 

つまり、特定のデータベースに依拠する主体性なき「自動化」の志向は、あらゆる意味で危険である。

 

以上を踏まえれば、反社チェックの運用フローにおいては、必ず「自社としてどう判断したか」の「人間」の判断プロセス(手間)を介在させなければならない。いくら面倒でも自由主義国において活動する企業にとって欠くことのできない工程だ。

 

この手間を省きたいなら全体主義の国だけでビジネスをすればいい。主体性を捨てて全部他人(お上)に決めてもらえばいい。そのほうが楽だろう。お望みどおり自動化・効率化が達成できるではないか?

 

・・・反社チェックや与信判断の「自動化」の先に全体主義の赤い影を感じるのは筆者だけだろうか。

 

余談ながら、外部調査会社等の「評点」をそのまま鵜呑みにして与信管理・取引先管理を行うような運用は主体性に欠ける。まともな企業は自社としての主体的な判断基準、すなわち取引先に対する独自の「社内格付」を整備している。中小企業では無理かもしれないが、相応の大企業で取引先に対する「社内格付」が整備されていないような企業は自由主義国における一流企業とは呼べない。

 

話をもどそう。

 

反社チェックに使用する商用データベース自体のレピュテーション・チェックもしておくべきであろう。そのデータベースに対して世界中でどのような訴訟や抗議が行われているか調べた上で採用を検討すべきであろう。

 

最近では、自社がコンプラを強化していることを対外的にアピールせんがために、使用するデータベース名を公表しているケースも散見される。様々な意味で危険で軽率な行為だ。そのデータベースに関するリスクやトラブル等を調べた上での行為なのだろうか。「人権団体」につけこまれる隙を自ら公表しているだけではないか。そもそも使用するリストがバレていれば、それに載っていない人物を表に立てて相手は接近してくるだろう。自らの手の内を明かすこうしたPRはリスクマインドの欠落した軽薄な行為に思える。

 

特に海外の場合、リスト掲載には国際紛争といった政治的側面が多分に影響しうる(元ネタの政府公表リストが政治色を帯びている可能性がある)。こうした分析無しに、リストに基づいて「自動的」「効率的」に判断できると錯覚しているとすれば、会社としての実力に疑問符がつくし、審査パーソンとしても底が浅すぎる。プロフェッショナルとして生き残ることは難しいだろう。

  

 

【2】反社チェックでは名刺情報を鵜呑みにすべからず!

 

 

信用調査の基本中の基本がある。

 

それは、相手が出してくる情報は「粉飾されている」「そう見せられている」という警戒心を持つことだ。

 

そして調査といえるからには、その「粉飾」「見せかけ」を「ひっぺ返す」試みをすることが必要だ。

 

この大原則は、私の行うセミナーや研修で毎度必ず参加者に伝えていることである。

 

さて。名刺ほど、粉飾(でたらめ)の多いものはない。 

  1. 役職の粉飾:取締役でないのに取締役と表記している等。
  2. 氏名の粉飾:過去の破産歴や犯罪履歴などを隠すために氏名の一部または全部に変更を加える。 
  3. 実在の粉飾:他人の氏名を勝手に名乗る。恐ろしいことだが、実際にある。

  ほかにも色々とある。

 

反社チェックや信用調査というのは、相手に騙されないためにやるものだ。騙しにかかってくる輩を、迎え撃ち見破るために行うものである。

 

本気で騙しにかかる輩というのは、わざわざデータベースのチェックに引っかかる氏名を名刺には書かない。

 

そもそも自分がフロントとして登場してこない。たまたま正面突破してきた場合は、それは”ラッキー”なケースと思った方がいい。

 

差し出された名刺情報に基づき商用データベースなどで「1次スクリーニング」を行うことは初動として重要なことだが、その結果が何もヒットがなくとも、それで安心しては絶対にダメだということだ。

 

これは非常に重要だ。

 

チェックを行った管理部門が営業部門に対し「何もヒットがありませんでした!安心してください!」などと伝えては駄目である。取返しのつかないミスリーディングを招くことになる。

 

単に「もらった名刺の氏名ではヒットがなかった」。ただそれだけである。反社リスクを見極めたわけではないことに留意したい。

 

 実務上、取引判断の意思決定で最も大事なのは、営業現場のリスク感覚である。相手と接することで感じた、ちょっとした「違和感」「不自然さ」。

 

これが本当に重要だ。

 

この違和感や不自然さが何なのか。営業現場が感じ取ってくれた違和感・不自然さを大事にし、それを裏付ける調査をしてやるのが、管理部門の仕事だ。自社でできなければ専門会社に任せればいい。

 

ただ、これは、データベースでのヒット云々といった、白黒がはっきりする話ではない。実際の取引審査では、このような白黒はっきりしないなかでの意思決定がほとんどである。

 

たかだか名刺氏名のデータベースチェックをした程度で、「安心だよ!大丈夫だよ!」などと管理部門が取引を後押しするような発言をすれば、営業が感じた「ほんの少しの違和感」をかき消してしまうことになる。

 

むしろ営業部門のリスク感覚を弛緩させてしまう。

 

名刺チェックさえクリアすれば、商談をドンドンすすめていいんだ!などと勘違いすることになりかねない。

 

このような会社のリスク管理プロセスは脆弱化し、やがて取引先からの信用を失うだろう。

 

周囲から危ない会社とみられる。詐欺集団(反社)に騙されて、巨額のカネをアングラにまき散らす。

 

わざわざ、リスク管理にカネをかけている会社がこんな失態を起こさないよう、この「信用調査の基本中の基本」に留意したい。

 

 ■せめて商業登記は確認すること。ただ、商業登記もロンダリングされる。

 

名刺情報だけではまったく信用できない。相手が役員を名乗っているなら、商業登記を取って、本当にその人物が登記されているか確認するのは、最低限の作業である。

 

これすらやらないのなら、何にもやらないのと同じである。

 

しかし、その商業登記ですら、でたらめな場合がある。

 

  1. 幽霊役員:生活困窮者などから身分証などを買い取り、名義だけの役員が登記されている。 
  2. 氏名洗浄:本当に氏名を変えてしまう。名を変え、姓を変える。テクニカルに可能である。 
  3. 傀儡政権:登記されている役員は実在・実働しているが、フロントであり、裏に実権者がいる。

 

こうなると、単純なデータベースチェックではお手上げである。しかし、より踏み込んだ調査をすれば、リスクに気が付くことができる。

 

現場での接触状況や取引内容、取引経緯なども踏まえた総合的なリスクチェックが重要だ。

 

私が案件を受けるときは、可能な範囲でこれらの背景情報をクライアントからご教示いただき、調査に着手している。


 

 

【3】反社会的勢力の定義は存在しない

 

 

反社会的勢力の定義は、社会的にも法律的にも決まったものがあるわけではない。

 

よく「政府指針」を持ち出して、これが「反社の定義だ」とする主張が散見される。

 

しかし、民間の取引審査の世界で、今どき「政府指針」程度のリスク管理をしていては、コンプライアンス(社会からの期待や要請に応じること)を徹底できない。

 

なぜなら、政府指針のいう反社とは、

 

「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人・・・」であり、

 

暴力団や詐欺集団等々を主な想定としている。

 

しかし、企業の社会的な責任の観点からは、例えば、有害化学物質を垂れ流す環境破壊企業や児童労働搾取を行う人権侵害企業、贈収賄、談合、脱税といった反社会的な行為を行う主体も、自社のサプライチェーンや販路から排除していくことが要請されている。

 

このような社会要請に応えていく(=コンプライアンス遵守)ためには、取引を排除すべき対象(反社会的勢力)の”定義”として「政府指針」程度では全く役に立たない。

 

もっとも、自社が何をもって反社的ととらえるかは自由であり、最低限レベルの「政府指針」に沿ったリスク管理を行っている企業もある。それはそれでよい。

 

しかし、その程度の企業だと評価されてしまうことは覚悟しなければならない。なお、個々の案件における、政府指針に沿った反社の「見極め」それ自体は決して容易でないことを付言しておく。

 

 反社の定義なるものは存在しないが、現代の実務レベルに即して敢えて言えば「社会の秩序・安定・公正、経済活動や市民生活の安心に脅威や危害を加えるような勢力」といった表現だろう。

 

名だたるグローバル企業のCSR方針等でも、反社会的勢力をそのように規定していることが多い。

 

民間企業が政府指針よりも高いレベルでコンプライアンスを徹底しなければならない理由は、そうしないと、倒産するからである

 

民間企業が、ひとたび不適切な相手と不適切な取引をすれば、信用やブランドが棄損し倒産に直結する。社員は職を失う。

 

苛烈な市場の競争原理にさらされている民間企業が、コンプライアンスやリスク管理の重要性を痛感し、本気で取り組んでいるからこそ、もはや政府指針の「定義」では物足りず、より包括的な概念でとらえるようになっているのだ。  


 

 

 

【4】反社チェックの範囲と信用調査の基本

 

最近、反社チェック(反社会的勢力のリスクに関する調査、取引先デューデリ)といえば、特定の検索キーワード(社名や役員個人名)を指定してWEBを自動検索したり新聞記事のデータベースをスクリーニングすることが定番となっているようだ。

 

しかし、こうした作業をする大前提として、そもそも、誰を調査対象として設定するべきなのかという問題がある。

 

WEB検索などの「検索バー」に入力する対象者をどう選ぶべきなのか。どこまで調べればよいのか。「調査範囲の問題」である。

  

調査対象会社の現商号、現役員だけで良いのか。旧商号や旧役員も検索ワードに含めるのか。その場合は何年分まで遡れば良いのか。

 

株主・親会社・債権者・取引先を含めるべきか。その役員まで調べるべきなのかどうか。

 

さらに、調査の着手当初は、表面化されていなかった関係会社や関係者が

調査過程で明らかになることが多い。

 

調査とはそもそも、表に出ない関係会社や関係者を探し出すことでもあるこれらの関係先も追加で調べる必要があるのかないのか。

 

 

■忘れてはならない信用調査の基本

 

実際のところ、どこまで深く広く調べるかは、取引案件の重要性や意思決定のタイムリミット、捻出できる予算等を総合的に勘案して決まってくる。

 

こうした「経済合理性」の制約のもと、有事の際の「説明責任」を果たせる調査をすることが反社チェックで重要となる。

 

その中にあって、決して外してはいけない信用調査の「基本中の基本」がある。それは「表(今)の姿はお化粧(粉飾)されている」と「疑う」ことだ。与信審査や反社チェックの実務を長年行っている方には、当たり前すぎることかもしれないがこの基本を常に押さえておくことは重要だ。

 

反社会的勢力が絡むような詐欺会社や悪徳会社というものは、往々にして「今見せている姿(情報)」をクリーンにしているものだ。

 

例えば登記ロンダリング。実際に調査をしていて「これもか」と思うくらい多く直面する典型例だ。

 

「悪さ」を散々行ったので、ネット上でネガティブな書き込みが拡散してしまっている。

  

もういい加減その顔で活動できないな、と思ったら、商号変更し、役員も入れ替える。

 

そのうえで、「登記所の管轄をまたぐ形」で本店(本社)の移転をする。

 

そうすると以前の登記所での登記情報(旧役員名等)は、現在の履歴事項に表示されなくなる。

 

 こうした会社を調査する場合、今の履歴事項全部証明書に記載されている

役員をチェックしても、何のネガティブ情報も出てこない。化粧(ロンダリング、洗浄)後の姿だからあたりまえだ。

 

履歴事項記載の役員や商号・所在地のみをWEBスクリーニングしても「特になし」「シロ(クリーン)」と判定がでるのは当然であり、そのことによってむしろ騙されてしまう。

 

こうした本店移転が為されている場合、少なくとも前本店の登記所での閉鎖簿を確認し、その役員も含めてチェックをしなければ調査をしたことにならない。

 

つまり、今見えている表(現所在地での登記情報)をひっぺ返し、前本店での閉鎖登記も見る。そしてそこに記載されている役員も調べる。

 

最低この工程を経なければ、調査したことにならないし、何かあった場合の説明責任を果たせない。

 

繰り返しになるが、調査とは表の情報を疑い、それをひっぺ返すことである。このような基本的なトライ(試み)をしたのかしないのか?トライをサボった結果、悪いことが起きた場合は、責任は免れられないだろう。

 

 

■杜撰な反社チェック調査 

 

企業調査や審査に関わってきた身からすると、WEB・新聞チェックのみで反社チェック調査を済ませるという風潮に危機感を感じている。

 

WEBや新聞記事のチェックはもちろん重要であるが、それだけで絶対に反社チェックは完結しないし、何かあったときの説明責任は果たせない。

 

簡単な例を示そう。不動産登記にRCC(整理回収機構)の差押えがある場合だ。

 

周知のとおり、RCC(整理回収機構)は、反社債権(暴力団組員等向け融資)を民間銀行から買い取って回収することを主要な任務とする組織である。

 

従って、RCCから差押えを受けている者(法人の代表者等)は、反社会的勢力と何らかの関りがある可能性があるものとして「警戒」しなければならない。(違うかもしれないが用心するということ)

 

これは不動産登記さえ見れば誰でも簡単にわかる事実である。ところが、RCCの差押えという見ればわかる事実は、WEBにも新聞記事に出回らない。

 

いくら丹念にWEB検索したり、過去の新聞記事を探しても出てこない。

 

「WEB検索や過去の新聞記事をくまなくチェックしましたが、反社会的勢力との関与を窺わせる事実はありませんでした。だから、反社会的勢力と関わりはない先です」

 

というチェック担当者の判断は危険である。

 

不動産登記見れば、警戒することができ取引を回避することができた。簡単な事実確認を怠ったばかりに、とてつもないリスクを抱え込んだ。どうしてくれるんだ?有事の際には、このような指摘を受けかねない。

 

 

信用調査では、最低限必ず登記を見なければならない。私が、企業の監査役なら、WEBや記事検索だけで反社チェックを済ますような「杜撰なリスク管理体制」は許さないだろう。

 

 

■与信リスクと反社リスク

 

与信リスクを取るか取らないかを決めるにあたって、相手の業績や財務内容が悪いとかの判断の前に、そもそもビジネスを取り組んで良い相手なのかをきちんと調べる必要がある。

 

ビジネスが始まって、どんどん深入りして抜き差しならない関係となった局面で、果たして「つっこんで」支援できる相手なのかどうか?

 

財務が悪くても、素性に問題がなく、ポテンシャルを感じられるようであればリスクを取ってしかるべきだ。

 

その大前提として、コンプライアンス・チェック(反社チェック)が必要だ。

 

また、当初は「通常の会社」であったはずなのに、財務悪化を理由に反社関与資金を導入して「フロント化」してしまう事例もあるように与信リスクと反社リスクは密接不可分である。

 

 

両リスクは一体不可分として一緒にモニタリングしていくべきである。