与信限度額はハードリミット、すなわち徹底遵守・厳格運用でなければならない。
与信限度額を考えるにあたって、マクロの与信限度額から始めたい。
マクロの与信限度額とは、会社全体として取れる与信総額の限度である。
会社全体(マクロ)として、どれだけの与信総額を抱えられるかは、第一に自社の「財務体力」に制約される。自社の「財務体力」を具体的に近似したものを「純資産」とすれば、抱えられる与信総額は、自社の純資産の額によって決まってくる。
他方で、与信総額のすべてが損失化するわではないから、それが損失化する確率が低ければ低いほど、同じ純資産でも取れる与信総量は多くなる。
つまりマクロの与信限度額は自社の事情(純資産)と相手の事情(取引先「総体」の倒産リスク)によって決まってくる。
もちろん企業が事業活動で晒されるリスクは与信リスクだけではない。流行り廃りで商品やブランドが陳腐化してしまうリスク(市場リスク)や天変地異によって工場が倒壊してしまうような自然災害のリスクもある。
自社の「純資産」はこうしたあらゆるリスクのバッファ(備え)となるものである。
逆に言えば「純資産」のすべてを「与信リスク」だけの「備え」としては使えないのである。従って、純資産の各リスクへの「割り振り」が必要になる。
純資産をどのリスク(事業)にどれだけ割り振るのかを決めることを「資本配賦」という。
この資本配賦によって与信リスクに割り当てられた純資産(の一部)の額と、総体としての与信リスクの顕在化(焦げ付き等)の確率によって、マクロの与信限度額(会社全体として取れる与信額の上限)が決められる。
与信限度額の遵守とは、まず第一にこの「マクロの与信限度額」の厳守のことを意味する。
マクロの与信限度額を超えた与信残高を抱えているということは、自社の体力を超えたリスクポジションを取っていることとなり、もしリスクが顕在化した場合は、企業存続に重大な悪影響が及ぶ。
このようにマクロの与信限度額とは、会社の生き死にを決める非常に重大な数字であり、徹底遵守することは当然である。
与信限度額にはもう一つ重要な「センサー」の役割がある。
どういうことか?
例えば、自社の戦略上、どうしても取りたい与信リスクがあるが、それをテイクすると「マクロの与信限度額」を超えてしまう。ジレンマだ。
しかし、こういったジレンマを感じるということは、まさにマクロの与信限度額が、健全なセンサーの役割を果たしていることを意味する。
このようにマクロの与信限度額を設定し、それを徹底遵守することは、健全な企業成長とそれを支える適切な戦略をとるための「センサー」となるのだ。徹底遵守すればするほど、センサーの性能は良くなる。希少な資本を有効利用する「企業価値経営」そのものである。
マクロの与信限度額(会社全体の与信限度額)を設定した後は、それを各事業部に割り振る。
割り振りの前提として、各事業部が現在抱えている与信ポジションと近い将来の予想推移の把握が必要となる。
限られた希少な「与信限度額」を有効に使うためにも、果たして、現状の与信ポジションが妥当なものなのか、各事業部内はもとより他部門・管理部門を巻き込んだ全社的な議論が必要になる。
自分が乗る船がどれだけの積載を抱えて、どこに向かおうとしているのか?与信限度額を徹底意識することで、事業部内外の会社の多くの人が会社の現状と将来像について必然と考えを巡らすようになる。
だから与信限度設定のプロセスは重要なのだ。安易に与信管理を効率化・簡単化すると会社は弱体化する。逆に与信限度申請のプロセスを強化すれば企業価値は向上する。
各事業部に割り振られたセミマクロの与信限度額を各事業部は遵守しなければならない。
各事業部の各取引における与信限度申請は、この各事業部に割り振られた与信限度額(セミマクロ与信限度額)に制約を受ける。
セミマクロの与信限度額を遵守するという制約の中で、各事業部およびその営業パーソンは、自社の成長を目指して与信取引を遂行する。
リスクなくしてリターンがないのだから、「これは!」と思う取引や取引先があれば、多少相手の財務内容が悪くても取引申請をあげてみる。
当該事業部門の担当審査部員としては、会社として承認を得た事業部内のセミマクロ与信限度額を意識しながら、その営業パーソンがあげてきた申請書を吟味する。
個々の取引申請に係る与信限度額(ミクロの与信限度額)は、セミマクロ与信限度額に余力があれば、基本的には営業パーソンが申請してくる金額の満額承認(の所見)で良い。
ただし、申請限度額の金額の「妥当性」はしっかりと詰めた方が良い。そうでないと、「ガバガバの枠」となり、センサーの機能を果たさないからだ。限度額に対して使用高が常時低水準だと販売急増等の異変に気付けない。
だから本当に必要と見込まれる与信限度額だけミリミリの満額承認の所見を出すのだ。
申請限度のベースとなっている「想定月商」の根拠をしつこいぐらいに確認する必要がある。
セミマクロ与信限度額に余力が無いようであれば、他の取引先への与信限度枠を削るか、当該申請の与信限度額を減らすしかない。
残念なことのように思えるが、これは各取引の意義を再考する良い契機となる。与信限度額を徹底意識するからこそ、その機会が生まれる。
ミクロの与信限度額は、取引の異変を全社に伝達する最前線の神経細胞である。ミクロレベルで与信限度が遵守されなければ全社的(マクロ)な観点でのリスクマネジメントなど全くの砂上の楼閣となる。
だから、与信管理部門は、与信規律の守護神として、個々の取引における限度オーバーに対して特に厳しく臨む必要があるのだ。
H.Izumi