そもそもマネー・ロンダリングそのものが犯罪であるのは何故だろうか?
例えば、盗んだカネを誰にも見つからないように秘密の山小屋に隠したとする(犯罪収益の隠匿)。この場合、カネを盗んだことに対して窃盗罪が成立するのは当然として、カネを「隠したこと」に対しても、別個に犯罪が成立するのは何故だろうか?
隠すという行為は盗みの一環でもあるし窃盗罪に含めればよいのでないのか?わざわざ隠すという行為を別個の犯罪(組織的犯罪処罰法10条1項の犯罪収益隠匿罪)として処罰するのは何故だろうか?という疑問だ。
筆者は一介の調査マンであり法律の専門家でないため、法的な観点でこの議論に深く立ち入る力量を持ち合わせていない。しかし、この刑罰の趣旨が「社会の公正や秩序を守り犯罪を抑止するため」であることは理解している。
窃盗罪で服役し刑は全うした。さてさてと、秘密の山小屋に出向き隠していたカネを手にする。そのカネで高級宝飾品を買い漁ったり、或いはこれを元手に闇金融を始めて更なる金儲けに勤しむ。犯罪収益を上手く隠匿しておけば、数年の服役に耐えたのち経済的にはハッピーになれる。真面目に働くより「生涯賃金」が高くなる。もちろん、こんなことを許せば犯罪が助長され社会の秩序は乱れるだろう。
カナダのバンクバーが所在するブリティッシュ・コロンビア州では、2018年に最大53億米ドルの犯罪収益が同州の不動産市場に流入し、住宅価格が5%も割高になっていると推計された(同州が設置した専門家パネルによる調査。文末URL参照)。ロンドンでも各国の汚職政治家(kleptocrat)などが収賄や脱税で得た資金をもとにフロント会社を通じて不動産を買い漁り価格を吊り上げているとして社会問題になっている。真面目に働く労働者が住宅を買えなくなり、借りるとしても高い家賃を払うことにより家計が圧迫される。真面目に働く労働者と犯罪者の「経済格差」が広がっているのだ。
このようにマネー・ロンダリングによって現に市民の生活が害され社会の公正が歪められている。だから犯罪収益を隠匿したり収受したりすること自体を犯罪として処罰し、資金の流れを断とうとしているのだ。
我々民間事業者が「コンプライアンス・チェック」に力を注ぐのは社会の公正を守るためでもある。ビジネスを通じて意図せずともマネー・ロンダリングに加担しないよう努めることは企業の社会的責任である。
さて、マネー・ロンダリングを犯罪としている国はもちろん日本だけではない。そもそもはアメリカで1970年に麻薬犯罪組織が市民の経済活動に流入するのを防止するために組織犯罪の取締まりや犯罪収益の没収を強化する立法(RICO法等)が手当てされた。これがマネー・ロンダリングを規制する法律のルーツと言われている。現状、多くの国でマネー・ロンダリングが規制され犯罪として扱われていると思われる。
マネー・ロンダリングを防止するためには規制や罰則の甘い国が存在しては駄目だ。甘い国に資金が逃避し、その甘い国で資金が洗浄され、真面目に規制している国にその資金が「合法的なカネ」として還流してしまえば、マネロン対策の努力が水の泡になってしまう。
こうした事態を防ぐためにもマネー・ロンダリング対策には国際的な協調が必要となる。各国がきちんとマネロン対策を行っているかどうかを相互に監視し、甘い国に対しては「しっかり対策をやりなさい」と叱咤しモニタリングしていく必要がある。
そのための国際的な枠組みがFATF(Financial Action Task Force on Money Laundering:金融活動作業部会)である。
FATFは国際的なマネロン対策の元締めであり、各国の政策や規制に大きな影響を及ぼしている。1989年にパリで開催されたアルシュ・サミットの経済宣言を受けて設立された。事務局はパリにある。ただ、恒久の機関ではなく、参加メンバーによる一定期間ごとの合意に基づいて存続している組織である。
主な活動は、①マネロン対策・テロ資金対策の国際基準となる「FATF勧告」の策定、②メンバー国に対し、他のメンバー国で組成される審査団を派遣しFATF勧告の遵守状況を審査する「相互審査」、③マネロン対策・テロ資金対策の手口等の研究などである。
FATFには日本を含む37の国・地域および2つの国際機関がメンバーとして参加している(2020年9月現在)。アルファベット順に列挙すれば、アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、中国、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、香港、アイスランド、インド、アイルランド、イスラエル、イタリア、日本、韓国、ルクセンブルグ、マレーシア、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、イギリス、アメリカ、欧州委員会、湾岸協力理事会である。
ちなみに、希望してもすぐにFATFのメンバーになれるわけではない。FATF議長(トップ)を含む上層部が申請国を訪問し、その国が参加後に相互審査などメンバーとしての役割を十分果たせるか、FATF勧告等をきちんと遵守できるか等を見定めレポートを作成する。このレポートに基づき総会でまずはオブザーバーとしての参加の可否を決定する。オブザーバーとして参加後、3年以内にその国に対する相互審査が行われ、その結果が十分なものであればようやくメンバーシップを得ることができる。現在インドネシアがオブザーバーとして参加している(参加プロセスの詳細は文末URL参照)。
従って、FATFのメンバー国・地域は、そうでない国・地域よりもマネロン対策の意識とレベルが高いといえそうだ。ただ、メンバーの国・地域であってもマネロンは横行しているから、非メンバーの国・地域においてはそれよりも酷い状況が予想される、と捉えるべきであろう。
なお、メンバーにならなくとも、アジア太平洋など9つの地域ごとに存在する「FATF型地域体(FSRB)」に加盟すればFATF勧告をベースとした相互審査を実施するなどFATFの枠組みに参加できる。FSRBへの加盟国を含めれば世界約200の国・地域がFATFの枠組みに参加していることになる。
次回コラムは、このFATFの枠組みのもとでの日本のマネー・ロンダリング対策をテーマとしたい。
■参照URL
(ブリティッシュ・コロンビア州におけるマネロンと不動産価格の調査)
Expert Panel on Money Laundering in BC Real Estate. (2019). Combatting Money Laundering in BC Real Estate. URL: https://www2.gov.bc.ca/assets/gov/housing-and-tenancy/real-estate-in-bc/combatting-money-laundering-report.pdf
(FATFの参加プロセス)
FATF. Process and criteria for becoming a FATF member. 参照日:2020年9月16日,URL: https://www.fatf-gafi.org/about/membersandobservers/membershipprocessandcriteria.html
H.Izumi
◆マネー・ロンダリング関与リスクと見極め