マネー・ロンダリング罪と取引審査上の留意点

「知らない」は通用しない

マネー・ロンダリング(Money Laundering)とは、文字通り、「お金(Money)を洗濯(Laundering)」することだ。詐欺などの犯罪行為により得た利益(犯罪収益)を、その出所や真の所有者を隠しながら移転し、あたかも正当な(きれいな)資金として仮装し表の世界で事業活動や各種資産に投資する一連の動きをいう。捜査機関や税務当局による没収や徴税を免れることを目的とし、各種投資により資金の増殖を図るためにも行われる。

 

アメリカ禁酒法時代(1900年代初頭)の悪名高いギャングであるアル・カポネは、まさに「コインランドリー」をいくつも買収し犯罪収益を「洗濯」した。現金商売であるコインランドリーの売上金に酒の密売で得た犯罪収益を紛れ込ませて「洗濯」していたのである。

 

現代でも現金商売の企業(事業)はマネー・ロンダリングに利用されやすい。高級中古車や宝飾品・美術品の販売などは未だ高額の取引を現金で決済することがある。しかも決まった値段がないから、顧客と結託し10の価値のものを100として売り上げたことにすれば90のマネー・ロンダリングができる(90の犯罪資金を売上金に仮装できる)。こうした商取引を仮装・悪用したマネー・ロンダリングをトレード・ベースト・マネーロンダリング(TBML)という。

 

マネー・ロンダリングはそれ自体犯罪である。日本では組織的犯罪処罰法と麻薬特例法でマネー・ロンダリングの刑罰が定められている(1~3)

 

  1. 犯罪収益の仮装・隠匿・・・犯罪収益として得た現金を「売上金です」と申告して預金したり(仮装)、山中に埋めて隠したり、送金を繰り返して複雑化すること(隠匿)。
  2. 犯罪収益の収受・・・犯罪収益であると「知っていながら」収受すること。
  3. 事業経営支配・・・犯罪収益を元手として法人を支配すること。

 

これらマネー・ロンダリング罪のうち、一般事業者の取引審査で留意したいのは、2と3であり、特に2である。

 

取引先(候補)が、何らかの犯罪により犯罪収益を得ていた場合、その取引先からの売上代金の回収は、2の「犯罪収益の収受」に該当するだろうか?

 

この点、法律的には様々な議論があるが、売買契約の段階で相手の支払原資が犯罪収益であることを「知らなかった」場合は罪にならない。また、契約の段階で犯罪収益と認識していなければ、支払いを受けるまでの間に「知ってしまった」場合でも支払いを受けることは「法律上の義務の履行を受けるだけ」なので犯罪とならないとされている。

 

しかし、あくまでこれは法律論である。我々が行う「取引審査」や「コンプライアンス・チェック」の領域で、こうした法律論に拘泥していては適切なリスクマネジメントはできない。

 

法律的には相手の支払原資が犯罪収益であることを「知らなかった」場合は無罪放免となるが、リスクマネジメントや取引審査の世界では「知らなかったこと」自体が致命傷となることを十分に留意する必要がある。

 

自社の取引審査やコンプライアンス・チェックが甘いから、取引先が犯罪収益を得ている可能性を見逃した。そう周囲から評価され自社まで「マネロン会社」と見なされかねない。そもそも犯罪に関与する企業と取引を行っていること自体、レピュテーション(評判)上の問題にもなる。

 

目下、コロナ禍により多くの企業がダメージを受けている。財務的な苦境はマネー・ロンダリングに関与するリスクを高める。3の犯罪収益により事業経営支配を受けるリスクである。現在の厳しい経営環境は、反社会的勢力等にとってみれば、隠匿していた潤沢な犯罪収益を原資として、苦境企業を乗っ取るチャンスと捉えている可能性もある。

 

過去、組織的犯罪処罰法の事業経営支配罪がそのまま適用されたケースは少ないが、財務危機に陥った某社は詐欺(苦境を脱するためのうまい儲け話)によって多額の資金を騙し取られ、その詐欺被害金(犯罪収益)でもって、その詐欺師に自らの会社を乗っ取られてしまったという目も当てられない事案があった。弱り目に祟り目である。

 

「藁にもすがる」思いで資金調達をする企業は正常な判断力が欠落している可能性があり、犯罪収益による事業経営支配を受けたり、筋の悪い金融ブローカーに介入されたりする恐れがある。自社の取引先のうち業績の落ち込みが激しい先や財務が脆弱な先に対しては「コンプライアンス・チェック」も入念に行うなどモニタリングしていくことが肝要である。

 

苦境企業をシビアに見定めるのは冷酷と感じるかもしれないが、取引審査のプロフェッショナルは自分の会社の中で誰よりもリスクに敏感でなければならない。自分の会社と同僚、その家族を守るためにも。

 

アクティブ株式会社 泉