ビル経営の「グレシャムのリスク」


 オフィスビル管理(不動産管理・プロパティマネジメント)において、入居企業(テナント)のコンプライアンス・チェックや信用調査は極めて重要だ。

 

 なぜならオフィスビルには「悪貨は良貨を駆逐する」という恐ろしい「グレシャムの法則」が作用するからだ。

  

 最近では、警察当局が特殊詐欺等のアジトの摘発を強化しており、拠点として使われた建物の所在地(住所)を公表している。

 

 ある入居テナントについて反社・詐欺関与の情報が出回れば、その部屋だけでなくビル全体のイメージが大幅に損なわれることは言うまでもない。

 

 入居者側のコンプライアンス意識は高まっており、入居(予定)ビルの信用や評判を非常に気にするようになっていると聞く。

 

 入居物件の選定にあたって事前にビルの風評調査をするだろうから、このような警察当局の「張り紙」が出てしまっているビルは当然「即時却下」するだろう。

 

 ここまであからさまな情報でなくとも、大きな経済事件を起こすような企業が入居していたようなビルは避けるはずだ。

 

 

 ビルについてネガティブな情報が出回ると「普通の会社」をテナントとして誘致できなくなり入居率が悪化する。賃料収入が落ち込む。

 

 やむを得ず入居審査の基準を甘くし、多少怪しい会社でも入居させて空き室を埋めようとする。

 

 怪しいと思いつつ入居させてしまった企業が、やはり悪事を働き、それが更なるビルのイメージダウンを招く。

 

 こうなると、ますます「普通の会社」は入居してくれなくなり、審査基準をさらに落として「怪しい会社」で空き室を埋めざるを得ない。

 

 オフィスビルにおいては、このように、「悪貨(反社・詐欺会社)は、良貨(普通の会社)を駆逐する」という「グレシャムの法則」作用するのだ。

 

 最悪の場合、ビル経営の破たん(倒産)を招きかねない。

 

▮ビル「全体」の価値を守る不動産管理の「質」

 

 不動産賃貸経営者、ビルオーナー(リート・不動産投資ファンド含む)にとって、所有・投資物件に反社・詐欺関与情報による「グレシャムの法則」が作用してしまうのが、最も恐ろしいリスクなのだ。

 

 賃料不払は敷金でカバー可能だし、その部屋(テナント企業)だけの話だ。

 

 物理的な多少の欠陥は補修工事が可能だ。

 

 だが「グレシャムの法則」はビル「全体」の価値を本質的に侵食する。

 

 建物全体としての資産価値、特にイメージという最も重要な価値を大幅に毀損させる危険性がある。

 

 だからこそ一流ビルの経営代行業者や管理会社は、入居企業のチェックにおいて通常の与信に加えて詐欺や金融犯罪に関与していないかなどコンプライアンス面についても厳しい審査を実施しているはずだ(残念ながら大手であっても結果から見てそうでもない甘々業者もある)。

 

 プロパティマネジメントにおいて、厳格なコンプライアンス・チェック(信用調査)を行っているかが投資物件の価値・ブランドの維持に極めて重要なのだ。

 

 投資側からすれば、投資対象を見極める場合、物件の立地など物理的(ハード)な要素は重要だが、それと同等以上に、管理(ソフト)面、特に質の高い反社・信用調査を実施しているかがポイントだと思われる。

 

▮信用評価を「ビル」で行う

 

 私が信用調査会社で駆け出しの調査マンだったときの話だ。

 

 調査先に向かう途中「調査歴20年超」のベテランと会社の最寄り駅まで一緒に歩いていたときのことだ。

 

「お前は今日どこに行くんだ?」(ベテラン)

 

「〇〇駅です」(私)

 

「もしかすると、××ビル?」

 

 私はビルの名前が頭に入っていなかったので、歩きながら鞄から書類を出して確認し、

 

「その通り、××ビルです」と答えた。

 

「あのビルに入っている会社は、気を付けた方がいいよ」とさらっとベテランがアドバイス。

 

 長年の信用調査歴の中で、幾度かそのビルで詐欺まがいの会社を調査したとのこと。

 

 調査マンの間では、詐欺的な会社が多く入居するビルとして「定評」のある場所だったのだ。

 

 ベテランのおかげでいつにもまして警戒心をもって調査に臨むことができた。

 

 このように信用調査マンの間でビル自体に「悪評」が付いてしまうのは「グレシャムの法則」が作用してしまったからに他ならない。

 

 ビル経営者とっては絶対に避けたいリスクだ。

H.Izumi