「木を見て森を見ず」の与信審査では企業は成長しない。
営業との積極的なコミュニケーションを通じて「全体感」を把握することが必要
与信の専門家によっては、与信審査パーソンは「営業からの饗応に応じてはならない」と戒める。
無論、度が過ぎては困るが、積極的に営業とコミュニケーションを取ることは、自社の成長にとって不可欠であると考える。
営業部門が何を考えているのか。それを知らなければ個々の審査案件の意味や背景がつかめないからだ。
審査パーソンが社内情勢に無知なあまり「木を見て森を見ず」の審査を行ってしまう。
そうなると、自社の戦略的なリスクテイクの足を引っ張ることになりかねない。
以下、事例を示したい。
ある商社があるとしよう。
自社の成長戦略として、某サプライヤーの戦略商品を担ぐとともに、攻めあぐねているユーザーA社への食い込みも図りたいという絵を描いている。
某サプライヤーの戦略商品をできるだけ大量に取り扱う。それによって価格ディスカウントを引き出す。
その安価な価格により、ターゲットのA社に食い込む。そういう戦略だ。
そのためには、マーケットにおいてA社以外にも売りさばく販売先が必要になってくる。
ところが、このマーケットはA社のみがガリバー(独り勝ち)であり、他のB、C、D社は弱小零細であるとしよう。
売りさばき先としてのB、C、D社は、弱小零細で財務面も脆弱だ。
加えて取引ロットは小さく、儲からない。
この時、B、C、D社の与信案件が審査パーソンに回付されてきたとしよう。
営業が何を考え、どのような動きをしているのか。それに疎い審査パーソンであれば、この案件を、「個々」として見て、それぞれの与信取引に「異議あり」との所見を出してしまうだろう。
各々財務脆弱で与信リスクが高く、リターンも少ないからだ。
しかし、それでは自社の営業戦略をつぶしてしまうことになる。
そうではなく、このB、C、D社の取引の意味が、「ターゲットA社への食い込み」と「サプライヤーとの関係強化」という理解があるならば、リスク(B,C,Dへの焦げ付き)とリターン(A社、サプライヤーとの関係強化)の比較考量の話になってくる。
それを踏まえた上での審査所見を出すことができるのだ。
B、C、D社は「アブナイ、儲からない、だからやめろ」というだけではあまりにも薄っぺらい審査所見だ。
全体を把握し、リスク・リターンの比較考量の上で、なおこの取引はやめた方が良い、というのなら審査としての機能である。
複眼思考、全体感を意識した審査が必要である。そのためには、案件の背景を理解することが重要だ。
H.Izumi