経験から学ぶということは重要だ。
倒産事例もしかり。
なぜ倒産したのか、どうすれば倒産を防げるのか?
倒産に至る兆候は何か?等々。
これらを実際の事例を通じて学ぶことは非常に有意義だ。
だから倒産経緯をまとめた記事も有用だと思う。
しかし、物事を整理する「基礎知識」や「経験」が欠如している記事だと説得力に欠けるし、場合によってはミスリードをもたらし悪影響ですらある。
ある「倒産記事」の話だ。
概略、以下のような内容である。
①倒産したのは中規模会社。その得意先は特定1社に集中していた。
②その大口得意先が倒産し、多額の不良債権が発生した。
③その影響で、自社も倒産した。
④この事例から学ぶ教訓=「取引先はできる限り分散すべし」
①~③の事実を取材したことについては素晴らしいと思うが、そこから「早まった一般化」をして④の「公式」を導いたのは納得がいかなかった。
まず「取引先の分散がリスクを減らす」という金融理論的な公式は、経営リソースの豊富な「大企業」にしか当てはまらない。
中小零細が「取引先を分散」すれば、逆に経営リスクが高まり、下手したら倒産に至るだろう。
例えば中小零細の製造業にとって、取引先を増やすことの限界費用(追加的な費用)というのは大きい。
得意先ごとに製品の仕様を定めたり、専用の製造ラインを組んだり、専任の担当者も・採用配置しなければならない。
これら対応に要する限界費用や追加的な労力は、大企業よりも中小の方が相対として大きい。
中小零細では分散から得られる効用の増大で限界費用の増加をペイできないということだ。
中小は人手不足。限られたリソースで新規顧客の拡大ばかり志向していては、既存客への対応がおざなりになる。
既存の大事な大得意先から「最近対応よくないね」と言われるだろう。
当然そうだ。大得意先への集中を回避しようと「浮気」しているからだ。
そんなことでは、結局どの取引先に対しても対応や品質が中途半端になる。
どの取引先からも「まずまずの評価」しか得られない。パンチのない会社に成り下がり、いずれ切られるだろう。
経済学的に言えば、 取引先分散に伴う限界費用は、大企業であれば「逓減」、中小であれば「逓増」するということだ。
大企業と中小を混同する一般化(教訓化)は危険極まりない。
●対案
では、中小零細はどのようにすべきか。対案を出しておこう。
それは、得意先の徹底的な選別(絞り込み)である。
得意先の分散ではなく「絞り込み」が重要なのだ。
限られたリソースを限られた得意先に集中投下する。
ただし、信用度の観点でも優良先に限ることだ。
手前味噌で恐縮だが、私は、このスタンスを実践している。
弊社は零細の調査・コンサルティング会社。仕事は労働集約的で規模の経済は殆ど働かない。
しかし、厳選した顧客に対して全力の対応をすることで、その顧客のことを習熟し、サービスの質を上げることができる。
その顧客にとって唯一無二の存在になり長期的な深い関係を築く。
その顧客自体が万単位の従業員を抱える超大手であれば、その顧客自体が取引先を国内外に分散してくれているのである(数万社単位で)。
マンパワーの限られる零細な弊社が取引先を分散する必要はないと考えている。だからお取引をお断りするケースもある。
顧客数の増加、取引先の分散は、リスクでしかないと思っている。弊社の事例は、それこそ一般化できない極論かもしれないが、中小零細であれば、ごく数社を厳選して全力を尽くし、その中で自社を磨いていくべきだ。
その際、大事なのは尽くす相手を間違ってはダメだということだ。できる限り優良筋に絞り込む。
財務が優良であることは大前提だが、取引条件が悪かったり、取引の将来性がなければ取引を断る。
自社が零細であろうが、堂々と大企業からのオファーを断るのだ。
相手を厳選し、そのうえで深く付き合えば、自社への温度感も察知できる。
様々な事情により、将来的に取引が縮小されそうだといったネガティブ情報も前広に入手できる関係を構築する。
強固な関係をベースに、正負両面の情報を入手し、同じ入れ込み具合での取引関係を継続すべきか見極める。
その見極めこそ真の与信管理である。
現状の大口客との取引の将来性が「イマイチ」であれば、別にシフトしていかなければならない。
これは「分散」ではなく「選別」だ。
やみくもに取引社数を増やしてはならない。
既存の大口よりも良い相手を厳選しながら探し徐々にシフトしていく。
相手がつぶれない優良会社であるからといって、相性の悪い会社とズルズル関係を続けるのは経営資源の浪費だ。
相手がつぶれないのだから、徐々に慎重に別の有望先を厳選し、シフトしていく準備をしていく。
これがリソースの乏しい中小零細にとって現実的で手堅い経営だと思う。
上記の倒産記事の倒産会社は、取引先の「分散」に失敗したのではなく、「選別」に失敗したということだ。
H.Izumi