医療機関を反社チェックする(1)

由々しき事例(杜撰な反社チェック?で反社絡みの医療法人に融資)を戒めとする調査の基本

医療機関は反社チェックおいて重点調査すべき業種である。

 

従来から、病院ブローカー等が経営難の医療機関を乗っ取り、診療報酬の不正請求(やってもいない診療の報酬を健康保険組合に請求する詐欺)をしたり、医療機器の架空リース(嘘の契約でリース会社から金銭をだまし取る詐欺)など通じて違法な収益を獲得するケースが散見されるからだ。上場企業の粉飾や株価操作に悪用される事例もある。

 

最近も、某大手系列の金融業者が「診療報酬の不正請求」を行っていた疑いのある医療機関にカネを貸している「由々しき事例」が見受けられた。

 

与信のプロである金融業者が(事件発覚前とはいえ)何故このような医療機関にカネを貸したのか事情は定かではないが、結果から類推すると、杜撰な反社チェックでリスクを見逃したのではないかと思われる。そうではなく、リスクに気づいたにも関わらず融資を実行したのであればコンプライアンスを無視した利益至上主義であり、その方がなおさら問題である。

 

本コラムではこの「由々しき事例」をモデルにしながら反社チェックにおける「調査の基本」を振り返ってみたい(全2回)。

 

今回は、「反社チェックは少しの手間をかけるかどうかで雲泥の差が出る」ことをお示しする。それを踏まえ、次回、「医療機関を反社チェックする際のポイント」を整理したい。

 

 

【1】法人登記だけで実権者はわからない

 

以下、病院・クリニックの一般的な経営形態である「医療法人(社団)」を前提に話を進めさせて頂く。

 

医療法人の法人登記には「理事長」しか役員の記載がされないことはご存じの方も多いだろう。法人によってはホームページなどで理事など他の役員を公表しているケースもあるが、そうでない法人が非常に多い。都道府県庁で医療法人の事業報告を閲覧することができるが、理事長以外の役員の記載は任意なので不明の場合が多い。なお、理事長に就任できるのは原則として医師に限定されている(医療法)。

 

このことから何がいえるだろうか。そう、医療法人については、経営関与者が一般の会社に比べて見えづらいということだ。理事長(医師)は財務など経営面に疎いケースもあり、他の者が財務や事務一般を取り仕切っているケースが多い。理事長の背後に経営を取り仕切っている人物がいることも往々にしてある。そういった実権者が「理事」や「事務長」等の肩書で登場したとしても、本当に役員なのか、あるいは、その名刺に「本名」が書いてあるかを登記ベースで裏付け確認することもできない。

 

冒頭の「由々しき事例」の医療法人においても登記された理事長は名目に過ぎず、経営の実権者(理事)は他にいた。この医療法人について「法人名称」と「理事長名」だけで「データベース」や「ネット」をいくら検索してもネガティブな情報のヒットはなく、更に「実権者」についても過去の逮捕報道などは特段見当たらず検索のヒットもない(本事件発覚前)。

 

従い、これだけ(法人名、理事長名、実権者名)で反社チェックを簡便に済ませた場合は、リスクを見逃すことになる。しかし、以下に見るとおり、もう少し踏み込んだチェックをしていればリスクを把握できたはずである。踏み込むといっても反社チェックの難易度としては初級レベルである。そのレベルにも達しない、調査の常道から逸れた「お手軽な反社チェック」がいかに危険かを注意喚起したい。

 

 

【2】判明した分だけでも資金流出先を必ずチェックする

 

筆者を含め民間人が出来る調査には限界がある。それだけに合法的に入手できる情報はできるだけ活用すべきである。その最たるものが不動産登記情報である。

 

「由々しき事例」の医療法人は、その主たる事務所のビルを所有していた。そのビルの前所有者(以下、A社という)の元代表者が、警視庁の「組織犯罪対策4課(暴力団関係の事件を扱う)」が動くような事件に関与していた(新聞報道あり)。

 

不動産の前所有者(売主)には多額の購入代金が流れるのであるから当然にチェックしなければならないのは、以前のコラム(マネロン関係)でも書いたとおりである。本件の場合、前所有者A社(売主)は、実は医療法人(買主)の関係会社であったのだ(医療法人の理事長がA社の役員を兼務)。

 

冒頭の某金融業者は、医療法人がA社からこの物件を購入するための資金を融資した。融資の時点では、医療法人の理事長はA社の役員ではなかったものの、医療法人と同所にあるグループ会社の役員(理事長とは異なる)がA社の役員でもあったので、両者(売主:A社、買主:医療法人)が関係しているのは容易に判明したはずである。そのA社について調べれば上記の組対4課が絡む事件歴にも容易に辿りつけたはずである。

 

資金の流れは、某金融業者→医療法人→A社(元代表が組対4課に逮捕)となる。某金融業者は実質的に多額の資金をA社に流したことになる。A社は、医療法人をダミー(フロント)として金融業者から融資金をせしめたとも見立てることができる。

 

ちなみに売主と買主が仲間である場合、「物件価格」を自由に設定できる。(限度はあろうが)高額を設定すればするほど多額の資金を金融業者から引っ張ることができる。従い、金融業者が設定した根抵当権の極度額(=融資額)が物件価値と釣り合っているかもチェックするとよい。割高な評価に基づいてカネを貸したのであれば金融業者が物件を担保実行(競売)しても債権を完全に回収できないはずである。その分、売主(本件ではA社)が得をしているのである。

 

このように仲間内の取引に介在させられる形態を「介入(介在)取引」と呼ぶ。金融業者に限らず商社等においても事故が多発しておりリスクが高い。詐欺グループ内の取引に介在させられて騙され、大きな損失を被っている事例が散見される。特にモノを右から左に流す売買取引において売先と買先の関係性を調べるのは与信管理・信用調査の常道だ。そうした基本を怠れば、いつかそれに応じた報い(損害)を受けることになるだろう。

 

(融資先である買主だけ調べるだけで)物件の売主をチェックしない甘い審査の金融業者は、筆者のような調査パーソンから見て警戒の対象となるのは言うまでもない。そういったアブナイ金融業者から融資を受ける会社も怪しい(ほかで借りられないのか)と警戒されてしまうだろう。リスク管理は「見立て」の世界であるから仕方あるまい。

 

このようにオープンな基本情報でリスクを察知できるのであるから、そのチェックを怠ってはならない。金融業者に限らず、このような医療法人と公然と取引するような業者はリスク管理が甘い会社と見なされる。少し踏み込むかどうかでチェックの結果に大きな差が出る。ひいては自社の信用や企業価値にも影響するだろう。基本に即し、しっかりとした反社チェックを行うことが重要だ。

 

次回は、上記の事例を踏まえ医療機関を反社チェックする際のポイントについて整理したい。

 

H.Izumi