贈賄リスクを「リスクベース・アプローチ」でマネジメントする一つのアイディアをご紹介したい。どんなアイディアかといえば「リスクの点数化」である。
「リスクベース・アプローチ」とは、リスクのより高い事象により多くの経営資源を投入する一方、低リスクの事象への資源投入は抑え、リスク管理の費用対効果を高めようとする考え方である。
元々は、会計監査の中で発展した概念といわれるが、現在はリスク管理全般の分野で広く活用されているアプローチである。
コンプライアンスの分野において、リスクベース・アプローチに基づくリスク管理は主流になりつつある。
国際的なマネー・ロンダリング対策の元締め機関であるFATFが、マネロン対策においてリスクベース・アプローチの導入を求めていることがその一因かもしれない。
日本においても、2016年10月の改正犯罪収益移転防止法の施行によって、マネー・ロンダリング対策は、リスクベース・アプローチによることが明確化されている。
マネー・ロンダリングと贈収賄は表裏一体であり、贈賄リスクにフォーカスした管理においても、リスクベースなアプローチが必要だと思われる。
■贈賄リスクの要素
リスクベース・アプローチには、決まりきった方法はないといわれる。
各企業自らの判断基準によって、ハイリスクと見なす活動により管理のリソースを投入していく。
その前提となるのが、リスクの評価である。
リスクの総合的な評価をするためには、それを構成するリスク要素(要因)を分析していくことから出発する。
贈賄リスクを評価するうえで、例えば次のようなリスク要素(要因)を分析した上でそれを総合的に評価していく。そして、よりリスクの高い相手や事業領域に、リスク管理のリソースを投入していくのだ。
(1)贈賄リスク要素① ~国・地域~
取引相手の所在国、事業活動を行う地域の贈賄リスクの高低を確認し、リスク評価の要素とする。最も広く知られているのは、世界的なNGOであるトランスペアレンシー・インターナショナルの「腐敗認識指数」である。(https://www.transparency.org)。
同指数によれば、アジア、中東、アフリカ、中南米等の腐敗認識指数は概して悪く、贈賄リスクは高いと評価される(100がもっとも腐敗度が低くクリーンであり、0が腐敗度が大きい)。
(2)贈賄リスク要素② ~行為類型(活動内容や関わり方)~
海外における活動内容や取引相手との関わりの態様について、贈賄の起こりやすさの観点から評価を行う。現地での許認可取得など公務員とのかかわりが大きい行為類型は、高リスクとして評価する。
例えば、以下のような取引・行為類型は一般的に贈賄リスクが高いと考えられている。
(3)贈賄リスク要素③ ~業種(自社・取引相手)~
現地の許認可が必要となるような業種は外国公務員との関わりも大きくなるので贈賄のリスクが高い。商社、防衛、製薬、医療機器、資源、建設、不動産、運輸、金融はリスクが高いものとして「ガイドライン」にも列挙されている。
自社の海外事業のセグメントや相手方の事業内容がこのような業種に属す場合は、リスクが高いものとして評価する。
(4)贈賄リスク要素④ ~相手の政治的影響力の確認~
対面する直接の取引相手や間に入るエージェント、交際費等の支出先が、外国公務員に該当するかどうかをチェックする。このチェックこそ贈賄リスク評価の胆(キモ)といえる。
公務員の形式的な定義も重要であるが、実務上は「政治的影響力」という実質ベースの概念で管理していくのが望ましいと思われる。
例えば、重要な地位にある者はもちろん、その配偶者等も実質的な「政治的影響力」があるとみなしてリスク評価していく考え方である。
政治的影響力の高低により数段階のレベル分けをし、リスクベースの観点での実務運用していくのがここでの「アイディア」である。
例えば、自社の遂行している事業が相手国のビッグプロジェクトであれば、より高次の政治的影響力のある人物が贈賄の対象となりうる。
しかし、自社の社員が対面している人物の政治的影響力が低い(最小行政単位の議員等)場合であるならば、「あまり関係がなさそうだ」ということで管理対象からはずし、リソースをよりハイリスクな事象に投入できる。
こうした諸外国のPEPsリストは商用化されており、ものによっては政治的影響力のレベル分けを行っているデータベースもある。リスクベースな管理に対応しやすいものとなっている。
ただし完全に網羅しているわけではないと思われるので、他のリスク要素の高低に応じて、取引相手およびその関係者に、親族の社会的身分(政治家や公務員等であるかないか)に関する申告を求めることも必要かもしれない。
(5)金額
過去の日本における外国公務員贈賄事件をみても、贈賄額が数十万円程度でも立件されており、それが社会的に大きくクローズアップされている。捜査当局においては、事案の大きさよりも、摘発件数こそ重要なのかもしれない。従って、金額の多寡をリスク要素とすることは得策でないといえる。
■総合的な贈賄リスク評価
上記のリスク要素を分析し、各々を評価したうえで、総合的な贈賄リスクを評価する。その際、各リスク要素にウェイトづけする。特に行為類型と相手の属性(政治的影響力)は、より直接的な要素であるので配点を大きくするといった具合にだ。下記の案では、1000点満点で贈賄リスクを評価している(点数の大きいほどリスクが大きい)。
(1) 国・地域:配点100
100-腐敗認識指数:腐敗認識指数は高いほどクリーン(健全)なので、100から引き算し、数値が大きいものほど高リスクと考える。
(2) 行為類型:配点400
(3) 業種:配点100
(4) 政治的影響力:配点400
商用データベースのPEPsレベルに応じて配点。レベルA:400点、レベルB:300点、レベルC:200点、レベルD:100点。レベルAがもっとも政治的影響力が高い。
上記のウェイト付けはあくまで一案であるが、このような配点により贈賄リスクの高いと評価されたものから、重点的に内部監査や社員教育などのリソースを投入していく。リスク・アプローチの方法に決まりはない。それならば、一定の合理性を保ちつつ、できるだけシンプルで実行可能な評価方法でよいと思われる。