新人「営業」パーソンに対して与信管理のことを伝える際、非常に気を付けなければならないことがあります。
間違った教育をすると「管理部門の人間のような営業パーソン」が出来上がってしまうからです。
営業向けの与信管理研修において、まず念頭におくべきなのは「事業会社の営業」パーソンが対象であるということです。
銀行等以外の一般の事業会社の営業パーソンは、取引先と共にに「ビジネスを創る人間」です。これが大前提です。
つまり、相手の本業と収益・財務に影響を与えうる立場にあるということです。
このような「営業」に対して、管理部門の人間が受けるような「通り一辺」の与信管理研修を受けさせるのは得策ではないと考えています。
これは、ある与信管理担当者の話です。
彼は若手営業パーソンに対して、市販の与信管理のノウハウ本などを参考にしながら「通り一辺」の与信研修(社内研修)を実施したとのこと。
内容は、与信申請手続きをはじめ、一般的な決算分析や調査書の見方、そして「担保」の話など「普通」の内容です。
しかし、その後、研修をした若手営業パーソンからあがってくる複数の稟議書を見て、非常に「違和感」を覚えたと言います。
彼の研修した営業マンのコメント内容は概ね以下の通りです。
①与信先は、〇〇比率が悪く、財務内容はそんなに良くない。
②だから、細心の注意を払って取引していきます。
③また、リスク低減のため状況に応じて担保提供の交渉もします。
つまり、
「状況が悪い。だから慎重に取引し、担保の取得も検討する。」
こんな内容です。
これを読んで、その与信管理担当者は、
「これは、営業の書くコメントなのだろうか?まるで、我々のような審査・管理部門の人間のようなコメントのようだ」
と感じたそうです。
営業としてビジネスを創っていく意気込みが感じられない。状況の悪い取引先を改善したうえで、なお自分も儲けようという「商魂」も感じられない。
まして「担保」というキーワードまで登場してしまう。
「しまった。何も考えなかった自分の研修のせいだ。」
そう、後悔したそうです。
このエピソードはとても重要です。
繰り返しになりますが、事業会社の営業パーソンは、取引先とともに「ビジネスを創る」人間です。
従って、相手の状況が悪ければ、改善させるようなビジネスを創る。
「そのために与信枠が必要なんです!」
こういう気概のある起案をするのが本来の営業ではないか?
「状況が悪いから担保を取る」
これは銀行員と同じ発想です。
銀行員は、相手の本業(ビジネス)自体には関与できませんし、何より決済システムを維持するのが銀行の使命です。だから担保しかないのです。リスクは取れないのです。銀行員を非難しているわけではありません。
彼は、若手営業パーソンにこのような銀行員のような稟議書を書かせてしまったのは、与信管理の研修を担当した自分に責任があると猛省したそうです。
「一通り」ということで何も考えず、巷に流布するノウハウ本を参考に「担保」や「保証」の話もしてしまった。
決算分析や調査書の見方についても「この比率が悪いから危ない会社」というようないわば「他人事」の分析どまりの研修だったそうです。
私からのアドバイスとしては、「相手の会社のこの比率を改善するためには営業としてどんな提案ができるかな?」などよりクリエイティブな内容にすれば商魂と与信マインドを養うことができる研修になるのではないかと思います。
ともかくも、こうした経験から、彼は若手営業パーソンには「担保」の話は、一切しないほうが良いと考えを改めたようです。
「担保」や「保証」に頼ってしかビジネスをできないようでは駄目です。担保や保証でカバーされない与信リスクのことを裸リスクといいますが、裸で与信を張れないようでは営業パーソン失格です。
だから若手営業に担保や保証の知識を持たせても意味がありません。
若いうちに身についた癖は抜けません。若手営業がやがて海外赴任などしたときに「担保・保証主義」が染みついていると、ワケのわからないモノでも「担保にとっているから大丈夫でしょう」と与信申請をねじ込んでくる危険性があります。結局騙されて大惨事の与信事故を起こすが、それを隠ぺいしようと与信先と共謀して不正や犯罪を起こすことが危惧されます。
こうした形式主義で与信管理を行う営業パーソンに育てないためにも何が重要でしょうか。
それは、相手がどんな課題を抱えているのか。これを顧客と共有化し、それに対して、自分(自社)が何をできるのか考えることだと思います。筆者は、これを「課題共有力」と名付けていますが、とにかくこれに尽きると思うのです。
営業パーソンがすべきことは、顧客と課題を共有すること。たとえ状況が悪くても、その課題を解決することにより、将来WIN-WINになることができれば、勇気をもって会社に与信申請する。
与信管理については、こうした課題共有化と解決の過程で入手する情報を、リスクの観点で整理し、与信管理部門と協議して方向を決めていくことが大事だと思います。
H.Izumi