「最強の与信限度額管理」を実践する(その1)

リモート下の審査と営業とのコミュニケーション

~「与信限度額の使用状況」からマインドを推察~

 


■与信限度額の使用状況

ある会社の重役がおっしゃった金言がある。

 

「審査パーソンは、営業各人のキャラクターや言動をよく見定めなければならない。審査は営業を通じて間接的にしか取引先に接しないのだから、そのフィルターとなる営業パーソン各人のリスクマインドを見極めるのが審査の仕事の要諦だ」と。

 

筆者も肝に銘じている言葉である。

 

とはいえ、現下でリモートワークが進む中、審査パーソンは自社の営業とさえも直に接することができず、営業各人(特に新任者)のキャラクターやマインドを肌感覚で把握するのが難しくなっているのではないか。営業との交流(アフター5など)を通じて互いの人となりを知ることも難しくなっている。

 

そうなると、審査と営業のコミュニケーションは、おのずと「稟議書(以下、与信限度額申請書とする)」を通じた格式ばったものに限定されてしまう。世間話などは出来ず、書面(画面)の記載内容をメールや電話などで淡々と確認する。書き手(営業担当者)のキャラクターやリスクマインドを肌感覚で感じることができるのと、そうでないのとでは、当然後者の方が読み手(審査担当者)として仕事が難しくなる。

 

このようにリモートワークで社員同士の直接のコミュニケーションが難しい中で、審査として営業各人のキャラクターやリスクマインドを推察する一助となる指標が「与信限度額の使用状況」だ。

 

与信限度額の使用状況とは、与信限度額に対する実際の与信残高の割合のことだ。

 

結論から言えば、与信限度額の使用状況が「ガバガバな」(実際の与信残高の推移に対し、与信限度額に余裕がありすぎる)顧客を複数抱えるような営業パーソンは、きめが粗く顧客および取引の見極めが不十分である可能性があり、審査としてはこのような営業パーソンの稟議書をより注意する必要があるということだ。

 

■与信限度額のセンサー機能

多くの企業では取引先ごとに与信限度額を設定している。販売取引であれば、顧客ごとに売掛債権の残高(債権だけが与信ではないが、ここでは単純化のために債権だけとする)の上限を決めている。これを超えて債権を抱えてはダメだというラインである。経常反復の商取引であれば通常1年間を与信限度額の有効期間とし、毎年所定の時期に審査しなおして限度額を更新していく。

 

与信限度額をいくらに設定するかについては、「与信限度額=想定月商×回収サイト」という万有引力の法則に匹敵する普遍的な公式がある(経常反復の商取引)。

 

この公式はシンプルではあるが、与信リスクのみならず異常取引・不正取引といったコンプライアンスに関わるリスクを検知するセンサーにもなり、強力だ。

 

肝は想定月商をきちんと詰めることである。これが難しい。時に営業VS審査のバトルともなる。過去の実績や市場環境を踏まえた先々1年間の月商を予想する。営業はなるべく多くの限度額を確保しようと月商を過大に見積もりがちだ。それを検証するのが審査の役目だ。想定月商の詰めに際しては、更に自社の供給能力や財務体力、資金繰りの事情も勘案する場合もある。

 

このようにきちんと検討されて設定された与信限度額は大いに機能を発揮する。例えば、想定月商を超えて取引が増えた場合は、与信限度額の使用状況がひっ迫する。これが異変のアラートとなる。顧客に信用不安が生じ、他で資材を調達できないから自社への注文が増えているのかもしれない。あるいは営業が実績欲しさに架空売上を計上しているかもしれない。逆に想定月商を下回る取引しかない場合は、与信限度額の使用状況が低迷する。これも異変のアラートである。この場合、顧客の業況が悪化している可能性が想定される。なお、ここでは詳細を省くが、債権ではなく受注ベースで管理するとより早期の異変検知が可能となる。

 

■与信リスクマインドを持っているか?

与信限度額が異変検知の機能を発揮するためには、想定月商と実際の月商がマッチしていなければならない。しかし、将来は確実ではないから与信限度額の申請時に想定した月商が実際には全然違ったものになることもある。それは仕方がない。

 

ただその場合は、与信限度額をタイムリーにメンテナンス(期中での修正)をしなければならない。想定よりも取引が増加する場合は、(適切に設定された)与信限度額を超過してしまうので、事前に営業が自主的に与信限度額の増額申請をしてくる。これは当然の作業だ。

 

問題は、想定よりも実際の月商が少なく推移している場合だ。この場合は実際の債権残高に対し与信限度額に余裕があり続けるから、ついつい放置してしまう。しかし、「与信限度額が何たるか」を理解している営業パーソンであれば、自主的に与信限度額の「減額」申請をしてくるものだ。

 

与信限度額がガバガバであれば、リスクを検知する装置として役に立たなくなる。取引が急増しても与信限度額に余裕があるからセンサーが異変を検知しない。これを理解している与信マインドを持った営業パーソンは、こまめに与信限度額をメンテナンス(減額)する。野生のヒョウが爪を常に研ぎ直すように、会社を守る武器となる与信限度額を常に研ぎ直してセンサー機能を鋭敏にしておくのだ。

このような与信限度額の研ぎ直しができる営業パーソンは審査部門から見て安心できる。おそらく商売相手の業況にも敏感であり、きめが細かいから相手先の経営層にも食い込んで、動向をつぶさに把握しているだろう。

 

逆に与信限度額の使用状況がガバガバな営業パーソンは、ルーズできめが粗く顧客および取引の見極めが不十分である可能性がある。与信マインドが脆弱で相手の商売や経営者のことを理解していないかもしれない。

 

俗にいう「リスクベース・アプローチ」の観点からはそう見立てざるを得ない。当然、後者(与信限度額の意義が分かっていないリスクマインドの脆弱な営業)の書く稟議書をより重点的にチェックすることになる。リモートワークの環境下では、こうした「数値」を通じたコミュニケーションが殊更に営業各人のリスクマインドを推察する一助となる。

 

審査パーソンは直接相手先の経営者や関係者に会うことは少ない。そのため営業担当者を介して取引先を理解することになるが、その営業自体のリスクマインドが脆弱だと何も探知できなくなる。だから、営業のマインドが脆弱な場合は、審査部門としてそれを改善する施策が急務となる(しかも現下ではリモートワーク前提としなければならない)。

 

その施策としてシステム的に可能であれば、営業担当者別に与信限度額の使用状況の一覧表を作成してみることは一案だ。例えば、与信限度額の使用率(*)が70%を下回る顧客(与信先)を何件抱えているか。その件数が多ければ与信限度額のメンテナンス(減額手続)を怠っており意識に改善が必要かもしれない。また、与信限度額の申請書に既往1年間の使用率を記載させることもリスクマインドの醸成に繋がろう。

 

*与信限度額の使用率:実際の債権残高をピーク時で計測するか、一定期間の平均残高で計測するかなど検討が必要だ。商売の特徴(売上の季節変動など)を勘案して計測方法を決める必要がある。 

 

 

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本稿で述べた与信限度額の機能や意義についてしっかりと営業パーソンに理解してもらえれば、御社の与信リスク管理は格段に向上します。与信限度額の基本とその使用状況をしっかりと意識してもらうことで営業力(取引を見極める力)も養うことができるはずです。

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